(41)『グレイ・ラビットのおはなし』
(アトリー作、石井桃子/中川李枝子訳、岩波書店、2854円)
 グレイ・ラビットは働きものの小さいウサギ。畑でニンジンを取ろうとしてつかまりそうになり、自分で作ろうと思い立つ。でも、作り方を知っていそうな賢いフクロウに会うためには、怖いイタチやキツネもいる夜の森へ行くしかない。
 ウサギやリスが服を着て、家具つきの家に暮らしていたり、ハリネズミが牛乳配達に来たりするのは、幼年童話では珍しくないが、アトリーのこの作品が特別なのは、毎日深い森を抜けて通学していたという作者ならではの自然への愛が、いたるところにきらめいているからだ。
 グレイ・ラビットのお話はいくつもあるが、その最初の四編が、テンペストの美しい挿絵つきで、一冊にまとめられている。ほかの挿絵の少年文庫版もあるが、絵本から物語への橋渡しや、いっしょに絵を見ながらの読み聞かせには、この絵本版がおすすめ。(2005.2.27)

(42)『シートン』
(今泉吉晴作、福音館書店、1890円)
 『動物記』で名高いシートンは、百四十年以上前に生まれた人だが、古いどころか、いまなお最先端を行くナチュラリストだ。子ども時代に移住したカナダの自然に大きな喜びを味わったシートンは、大好きな動物たちとかかわって暮らしていくために、まず動物画家になり、それから動物物語を書くようになった。また、自然と調和した先住民たちの暮らしに深い敬意を持ち、その知恵を子どもたちに伝えるためのユニークなキャンプを開いたりもした。
 この本は、みずからも動物学者である著者が、シートンの生き方全体への深い共感をこめて書いたもので、厚い本なのにどんどん引き込まれてしまう。魅力的な人だったというシートンのいろんな写真や、たくさんの絵が収録されていて、たとえ動物好きでなくてもシートンのファンになってしまうだろう。(2005.2.27)


(43)『赤毛のアン』
(モンゴメリー作、掛川恭子訳、講談社、1680円)
 少女小説の古典だが、ていねいな完訳で読み返すと、舞台であるカナダの島の、手つかずの自然とのどかな田園とがいりまじった風景の魅力に、あらためて心を奪われる。主人公のアンは、豊かすぎる想像力とおしゃべりとで名高いが、それ以上にきわだっているのは、そんな世界の美しさにたえず目を見張り、深く心を動かし、その喜びをまわりの人たちと分かち合おうとしているところだ。
 こっけいな失敗だらけの風変わりな孤児の少女が、みんなに愛される美しい娘に成長していくという筋書きには、話がうますぎる感がなくもないが、こんな環境に恵まれ、霜の朝には「白い霜のある世界に住んでいて、本当によかった」と感じる心を持っていれば、どんな変身も夢ではないと思えてくる。少女時代にぜひとも本来の形で出会ってほしい作品だ。(2005.3.13)


(44)『けものたちのないしょ話』
(君島久子編訳、岩波書店、714円)
 広大な中国のまんなかには、おもに漢民族が住んでいるが、そのまわりには、ミャオ族、チベット族、イ族、ウイグル族など、多彩な文化を持った人たちがいる。昔話もいろいろで、そのなかから、大人も子どももいっしょに楽しめそうなお話をよりすぐったのが、この本だ。
 なかには、「因幡の白うさぎ」や「こぶとり爺さん」を思い出させるものや、「シンデレラ」、「ヘンゼルとグレーテル」などと似ているものもあって、どこからどこへ伝わったのだろうと想像をめぐらすのもおもしろい。それに、「あっ、よく似てる」と思うと、思いがけない方向へ展開するので、だれかに読んでもらえば、大人でも耳が離せなくなるだろう。絵本で親しまれている「九人のきょうだい」や「巨人グミヤー」もあって、物語への橋渡しに最適な一冊だ。(2005.3.13)




(45)『小さな魚』
(ホガード作、犬飼和雄訳、冨山房、1400円)
 第二次大戦下のイタリア。十歳で孤児になってナポリに出てきた少年グイドは、当時イタリアを支配していたドイツ兵に「きたない水のなかの小さな魚」と嘲られながらも、知恵をしぼってその日その日を生き抜いていた。やがて連合国軍による空襲が激化し、グイドは、孤児仲間の少女とその弟とを連れてナポリを離れる。しかし、行く先はどこも避難民であふれ、食べものはなく、戦火が身近に迫ってくる。
 主人公を取り巻く状況は悲惨そのものだが、不思議に気分は暗くない。それは、出会う大人たちの一人一人が人間味豊かに描かれているせいでもあるし、自分で自分にとまどいながら少しずつ変化していくグイドの姿が、成長していくことの喜びを味わわせてくれるからでもある。たくましく生きようよと励ましてくれる一冊である。(2005.3.27)



(46)『あまの川』
(宮沢賢治作、天沢退二郎編、筑摩書房、1365円)
 宮沢賢治は詩人でもあったが、いわゆる「童謡」の作り手だったわけではない。だが、賢治の研究者である天沢氏が編んだこの本は、「宮沢賢治童謡集」だ。なぜか。
 じつは、ここに収められた五十編近いウタは、『双子の星』『十力の金剛石』『かしわばやしの夜』などの童話から抜き出したものだ。だから、童話の愛読者なら、どれにもなじみがあるはずだが、物語を離れてウタの響きそのものを心ゆくまで味わうのは、またべつの楽しさだ。「ポッシャリ、ポッシャリ、ツイツイ、トン」と霧がふり、「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ」と汽車が走る。控えめで美しい絵が、透明で温かい賢治のユーモアと調和し、小さな宝石のような本になった。物語の敷居が高いなら、まずこれで賢治の言葉に親しむのもいいかもしれない。(2005.3.27)



(47)『ブルックフィールドの小さな家』
(ウィルクス作、土屋京子訳、福音館書店、1680円)
 題名や作者の名前には聞きおぼえがなくても、開けてびっくり、思いがけないプレゼントにわくわくする人も多いだろう。これは全部で七巻になる「クワイナー一家の物語」の第一巻で、主人公のキャロラインは開拓地に住む五歳の少女。そう、じつはこれは、ワイルダーの「小さな家」シリーズの背景を調べた著者が、ローラたちのかあさんの生い立ちを語った物語である。
 事故で父親を亡くした一家は、しっかり者の母親を中心に、幼い子どもまでが仕事を分担し、隣人たちの助けを得て、なんとか日々を切り抜けていく。男手のない開拓地の暮らしは飢えと背中あわせだが、主人公といっしょになって、畑の野菜の育ち具合にまで一喜一憂しているうちに、厳しさのなかの温かさが心地よくなって、これこそが人間らしい暮らしなんだとうらやましくなってくるほどだ。 (2005.4.10)



(48)『子どもに語るグリムの昔話』
(佐々梨代子/野村訳、こぐま社、1680円)
 世界各国の昔話のなかでも、「金の鳥」「がちょう番の娘」など、グリム兄弟が集めたドイツの昔話は、劇的な展開がしっかりしており、不思議な味わいのあるものも多くて、やはり特別な存在だ。だが、昔なら余分な想像をせずにさらっと聞けた部分が、刺激的な映像を見慣れた現代人には、残酷と受け取られがちなのも事実である。そのあたりがちょっと心配だという人には、全六巻のこのシリーズをお勧めしたい。
 といっても、お話を書き換えているのではない。長年にわたって子どもたちに昔話を語り聞かせてきた訳者が、その経験からお話を選び、子どもたちの反応を含めた解説を添えてくれているのが、とても心強い助けになるのだ。それを頼りに、年齢にあったお話を選んで、子どもたちといっしょにたっぷり楽しんでほしい。 (2005.4.10)



(49)『ジム・ボタンの機関車大旅行』
(エンデ作、上田真而子訳、岩波書店、1890円)
 エンデといえば、『モモ』や『はてしない物語』が有名だが、自由奔放な空想の楽しさでは、処女作のこの作品がいちばんだ。主人公のジムは、ちっぽけな島のフクラム国へまちがって配達された小包から出てきた、身元不明の赤ん坊。機関士ルーカスを大親友として育ったジムは、やがて、ルーカスと二人で島を出て行くはめになり、エマと名づけた機関車を船に仕立てて海に出る。
 そのあと二人は、竜にさらわれたお姫さまを救う冒険に乗り出すが、行く手を阻む困難もそれを乗り越える手段も奇想天外。遠くから見ると大きいのに近づくと小さくなる見かけ巨人など、ユニークな人物たちもおもしろい。現実離れした物語は冷たくなりやすいが、頼もしい大人のルーカスと小さいジムの友情が、心地よい温かさで読者を包んでくれる。(2005.4.24)




(50)『瓜と龍蛇』
(網野善彦/大西廣/佐竹昭広編、福音館書店、8400円)
 「本棚の宝物」もこれで百冊。最後にとっておきの宝物を紹介しよう。みなさんは、日本にも「美女と野獣」によく似た物語があったことをご存じだろうか。美しい絵巻物として残っているその物語では、恐ろしい大蛇が高貴な若者になり、最後には瓜から天の川が流れだす。この物語を出発点に、蛇や龍、瓜などにまつわるお話や言い伝えをたどれば、「舌切り雀」や「かぐや姫」、七夕の伝説、はては「ジャックと豆の木」のような外国のお話にまで、物語の糸はどこまでもひろがっていく。
 この本は、日本文化の貴重な財産とも言うべきそれらの物語や言い伝えを、ただ並べただけではなく、そのなかにひそむ謎を追う知的冒険の喜びを体験させてくれる。絵巻物などの図版もたっぷりで、手元に置いて、家族でゆっくりと楽しんでほしい。(2005.4.24)

続・本棚の宝物 41〜50

山陽新聞 第1・第3日曜日連載

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