(1) 『チムとゆうかんなせんちょうさん』
(アーディゾーニ作、瀬田貞二訳、福音館書店、1300円)
 チムぼうやは船乗りになりたくてたまらない。ある日、チャンスを見つけて、大きな船にもぐりこむが、見つかって船賃がわりに甲板そうじ。でも立派にやってのけて、「ちびにしては、なかなか」と認められる。ところが嵐がやってきて……
 一見絵本のようだが、ペン画に淡彩をほどこした絵は、挿絵つきの物語の本への入口にぴったり。こんな子どもが密航したのを送り返さずに働かすなんて、とか、親は何をしているんだ、などと、やぼなことは言いっこなし。チムの活躍をおおらかに受け止める船乗りたちの姿を見ていると、大人だって、「こんな大人になりたいもんだ」と思ってしまう。 (2002/7/21)

(2) 『ドリトル先生のサーカス』
(ロフティング作、井伏鱒二訳、岩波書店、880円)
 身近な動物たちと話が通じたら、というのは、だれもが一度は夢見ること。でもそれを、「ひょっとするとほんとにやれるかも」と思わせてくれるのは、『ドリトル先生物語』だけだ。
 オウムから手ほどきを受け、自力で動物の言葉をマスターしたドリトル先生は、とても温かい心を持った獣医さんで、偉大な博物学者。先生が家族のような動物たちとくりひろげるさまざまな冒険は、シリーズになっているが、必要に迫られてサーカス団に加わった先生が、理想のサーカスを作り上げていくこの一冊は、先生とは初対面という人にお勧めだ。おっとりしたユーモアを漂わせた井伏鱒二の訳文は、朗読しても楽しいだろう。  (2002/7/21)

(3) 『ちびっこカムのぼうけん』
(神沢利子作、理論社、1200円)
 おとぎ話のようにあたたかく、やさしい言葉で書かれているけれども、スケールはとびきり大きい冒険物語。舞台は、大男が火山の火口でクジラをあぶって食べているという北の国。トナカイ皮のながぐつがよくにあうちびっこカムが、クマやトナカイ、大ワシたちと出会いながら、かあさんの病気をなおすイノチノクサを取りににいく。それが終わると、今度は行方不明のとうさんをさがしに、北の海へ。
 北方の自然のなかで育った作者の、あらゆる生きものたちへの深い愛が、心地よくトントンと進んでいく物語に、地熱のような底力を与えている。挿絵も楽しく、本格的な冒険物語への入門に最適。 (2002/8/4)

(4) 『宝島』
(スティーヴンスン作、海保眞夫訳、岩波書店、760円)
 海賊、帆船、無人島、宝の地図。。こうならべると、いかにもお決まりの冒険物語という感じだ。しかし、それだけでは百年以上もの命を保ち、多くの作家たちに刺激を与え続けることはできない。事実、冒険物語のほとんどは、一度はドキドキハラハラで楽しめても、読み返す気にはなりにくいし、本としての命も短い。
 『宝島』のちがうところは、登場人物たちの一人ひとりが、悪役の端にいたるまで、忘れがたい個性を持った人間として、リアルに描かれていることだ。本物の人間に出会えた本は、筋書きがわかったあとでもくり返し楽しめる。ただし、こうした「名作」には、短縮して単なる脱け殻になったダイジェストが多いので、ぜひ全訳に挑戦してほしい。 (2002/8/4)
(5)『魔法使いのチョコレートケーキ』
(マーヒー作、石井桃子訳、福音館書店、1680円)
 たこあげ大会の日に、たこがなくてしょげているジョーン。犬がほしくて、自分の犬がうしろからついてくるのを想像しながら歩くマイケル。遊園地のそばに住んでいるのに、ブランコやシーソーに乗るのがこわいリネット。うわさの幽霊屋敷へ、思い切って探険に出かけるサミー。お話の名手マーヒーが語ってくれるのは、そんな子どもたちの夢や願いをかなえてくれる、すてきな魔法の物語。
 その反対に、魔法が本職のはずの魔法使いが、魔法より得意なケーキを作って、ちっとも来てくれない子どもたちを待つお話もある。心地よい文章が美しいイメージを作りだし、朗読で楽しむのに最適な短編集だ。 (2002/8/18)

(6) 『おーいぽぽんた』
(茨木のり子他、編、福音館書店、2520円)
 ふしぎな表題は、川崎洋の詩「たんぽぽ」の一節。これは、こうした現代の詩から、江戸時代の俳句、万葉集の和歌まで、千数百年にわたる私たちの詩や歌の財産のなかから、現代詩人を代表する五人の編者たちが選んでくれた、言葉の宝箱のような詩集だ。
 もちろん、言葉の意味がわからない歌もあるだろう。もしそれが気になれば、編者の一人、大岡信による別冊の解説書をのぞけばいい。でも、できれば意味なんか気にしないで、まずは「おいしい日本語」を声に出して読み、おいしさをかみしめてほしい。玉島ゆかりの型染め作家、柚木沙弥郎によるカットをまじえて、ゆったりと組まれたページが、心をまっさらにして言葉と出会うための、心地よい空間を作ってくれている。 (2002/8/18)

(7)『エルマーのぼうけん』
(ガネット作、渡辺茂男訳、福音館書店、1100円)
 ひろったのらねこから、どうぶつ島でりゅうの子どもがひどいめにあっていると聞いたエルマーは、なんとか助けてやろうと、家出をして船にのりこむ。リュックのなかには、ねこに教えてもらって用意した、チューインガム、歯みがき、ヘアブラシ、棒つきキャンデー、輪ゴム。そんなものを使って、どうやってりゅうの子どもを助け出すのか。
 見返しの地図を見ながら、ハラハラドキドキする出来事を順番にたどっていけば、いつのまにかお話の世界にはいりこんで、いっしょに冒険ができる。絵本から物語へと進む時期にもってこいの、ユーモラスな冒険物語。センスのいい挿絵は、著者のお母さんの作。助けられたりゅうの子どもがエルマーといっしょに冒険をする続編もある。 (2002/9/1)
(8)『あしながおじさん』
(ウェブスター作、谷口由美子訳、岩波書店、720円)
 最初から最後まで、全部で七十通以上もの手紙だけでできた物語なんて、おもしろいんだろうか。まあ、そう言わずに、読んでみてほしい。思いがけず女子大へ進学できることになった孤児のジュディが、正体不明の援助者「あしながおじさん」あてにせっせと書き続ける手紙の、なんと楽しいことか。
 勉強のこと、友だちのこと、新しいドレスのこと、スポーツで活躍したこと、ちょっと気になる男性のこと。いろんな書き方をした愉快な手紙を読んでいると、次第にジュディが親友のように思えてきて、長電話で打ち明け話を聞いているみたいに、本が閉じられなってくる。最後にはすてきな結末も待っているし、知らないうちに手紙の書き方までマスターできる。
(2002/9/1)
(9)『たんたのたんけん』
(中川李枝子作、学習研究社、900円)
 たんたの五歳の誕生日、朝起きて窓を開けると、封筒が舞いこんできた。なかにはいっていたのは、探険のルートを描いた地図。たんたはさっそく、探険用の帽子、探険むきのおやつ、望遠鏡を買いととのえる。ところがどのお店でも、すぐあとからひょうの子どもがやってきて、おなじものを買っていく。さて、いよいよ出発すると……
 挿絵の山脇百合子と作者とは、ロングセラーの絵本『ぐりとぐら』の名コンビ。『ぐりとぐら』に親しんで育った子どもたちが、物語の世界へと出発するのに、最適な一冊だ。たんたが何かするたびに、ひょうの子どもがまねをするので、ユーモラスな言いまわしがくり返されて、次の言葉を予想する楽しみがある。 (2002/9/15)
(10)『とぶ船』
(ヒルダ・ルイス作、石井桃子訳、岩波書店、2000円)
 よく知っているはずの町に、見覚えのない路地があって、古めかしい小さな店の飾り窓に、胸がドキンとなるくらいすてきな、小さな船が置いてあったら……この物語の主人公ピーターでなくても、お小遣いをはたいて買ってしまうだろう。しかもその船は、子どもたちを乗せて空を飛び、過去の世界へまで連れていってくれる、魔法の船だったのだ。
 タイム・ファンタジーの古典ちゅうの古典。いろんな時と場所への冒険が、短編の連作のようになった、素直で親しみやすい構成だが、時の流れがしみじみ不思議に思えるところがあちこちにあって、魅力的。現在は品切れだが、図書館にはあるはず。復刊の待たれる一冊である。 (2002/9/15)

           

本棚の宝物 1〜10

山陽新聞 第1・第3日曜日連載

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