(31) 『秘密の花園』
(バーネット作、猪熊葉子訳、福音館書店、2100円)
 冬枯れの地面から緑の芽がのぞいているのを発見すると、ふつふつとうれしさが湧いてきて、いやなことも全部忘れてしまう。愛されずに育ったあげくに孤児になり、ひねくれてしまった少女メリーが、ひきとられた先の邸宅で出会ったのが、生まれてはじめて味わうその歓びだった。しかもそこは塀に囲まれた秘密の庭で、偶然鍵を見つけたメリー以外、だれもやってこない場所なのだ。
 やがてメリーには、秘密を分け合う二人の仲間ができ、三人は大人たちには内緒で、庭をよみがえらせる仕事に熱中する。それは同時に、子どもたち自身の傷ついた心を、いきいきとよみがえらせる過程でもあった。長編だが、ゆっくりと読み進むうちに、生きる歓びがじわっと広がってくる傑作である。 (2003/3/2)

(32) 『リンゴ畑のマーティン・ピピン』上下
(ファージョン作、石井桃子訳、岩波書店、760円、720円)
 ファージョンはアンデルセンの流れをくむおとぎ話の名手で、『ムギと王さま』などの短編集でも名高いが、とりわけすばらしいのが、六つの恋物語を集めたこの作品だ。そこには、さまざまな恋の悩みや歓びが、深く胸に迫る真実味をもって描かれているが、それがおとぎ話の軽やかな語り口とないまぜになって、いつしか最高に幸せなハッピーエンドにたどりつく。
 ただしこれらの物語は、吟遊詩人が娘たちにお話を聞かせるという設定の、かなり長い外枠に囲まれている。それをくぐり抜けるにはちょっと辛抱がいるが、内気な少女のようなこの作者は、それを苦にせずに奥まではいりこむ者だけに、美しい恋の魔法を分け与えてくれるのである。 (2003/3/2)


(33)『おもしろ荘の子どもたち』
(リンドグレーン作、石井登志子訳、岩波書店、1900円)
 リンドグレーンといえば、『長くつ下のピッピ』が有名だが、お勧めの一冊はこれ。主人公のマディケンは、すてきな両親ややんちゃな妹と暮らす七歳の女の子だが、次々にとんでもないことを思いついては、すぐさま行動に移すところは、ピッピそっくりだ。
 しかし、空想の人物である超人的なピッピは、火事でも泥棒でもびくともしないが、現実の女の子であるマディケンは、屋根から飛び下りれば怪我をする。でも、それにもめげずにはつらつと毎日を楽しみ、ときには世の中の不正や不幸に心を痛めたりもする姿は、めざましく成長していく生身の子どもならではの輝きに満ちている。まわりの大人たちがその様子をおおらかに見守っているのが、うらやましくなってくるほどだ。 (2003/3/16)

(34)『たのしい川べ』
(グレーアム作、石井桃子訳、岩波書店、760円)
 春の息吹にさそわれて、つい地上に出てみたモグラは、はじめて見る川が、きらめき、ざわめき、うずまきながら流れていく姿のとりこになる。モグラはそこで川ネズミと友だちになり、お調子者だが憎めないヒキガエルや、とっつきは悪いけれども頼りになるアナグマなど、個性豊かな川べの小動物たちの暮らしにひきこまれていく。
 作者が息子相手に語ったお話から発展した、動物ファンタジーの古典。風景も出来事も、すべてが小動物たちの目線でていねいに描かれているので、読んでいると、イギリスののどかな田園が、風も光も匂いもそのままに、自分を包んでいるような気がしてくる。ユーモラスな冒険や、心温まる友だちづきあいなど、いろんな喜びがぎっしり詰まった一冊だ。 (2003/3/16)

(35)『小さなジョセフィーン』
(グリーペ作、大久保貞子訳、冨山房、1456円)
 小さいときは、心のなかに空想エネルギーが渦巻いていて、なんでもない出来事やちょっとした言葉をきっかけに、とんでもない思いつきがむくむく湧いてくるものだ。もうじき小学生になるジョセフィーンは、この空想エネルギーがとりわけ強い女の子。いつもは優しい家族に叱られて家出を決行し、不幸せな子どもになった気分を味わってみたり、道で出会ったお婆さんを魔女だと思いこんだりする。
 幼い子どもの心のなかで、どれほど不思議なドラマが展開されているかは、外から見たのではわからない。大人が読めば、「子どもってなんておもしろいんだろう」と思うだろうし、主人公よりちょっと大きい子どもが読めば、「そうそう、そのとおり」と深く共感できるはずだ。 (2003/4/6)

(36)『みどりの小鳥』
(カルヴィーノ作、河島英昭訳、岩波書店、1845円)
現代イタリアを代表する作家カルヴィーノは、国じゅうから集められた大量の民話をつきあわせ、典型的なものを選び抜いて、イタリアの『グリム童話集』とも言われる全二百編の『イタリア民話集』を書き上げた。そしてそのなかから、子どもたちに読んでほしいものを自分で選び、「おかしな話」「少し悲しい話」などのグループに分け、ユーモラスな挿絵をそえたのが『みどりの小鳥』だ。
 イタリアの民話には、地中海の明るい日ざしと、陽気で庶民的な暮らしの匂いが詰まっている。主人公たちはみんなきびきびと動き、恐いことや悲しいことに出会っても、うまく頭を働かせて乗り越えていく。お話は波瀾万丈だし、よく磨かれて読みやすい訳文なので、ぜひ朗読しあって楽しんでほしい。 (2003/4/6)

(37)『小さい牛追い』
(ハムズン作、石井桃子訳、岩波書店、631円)
 昔、北欧やスイスなどでは、夏になると家畜を追って山の牧場へ引っ越し、寒くなるとふもとの村におりてくるという生活が営まれていた。これは、ノルウェーのそんな一家の子どもたちの物語。十歳のオーラと、八歳のエイナールは、いよいよ今年は牛追いの仕事をやらせてもらえるというので、誇らしい気持ちや不安、おだちんへの期待などで、いまにも爆発しそうだ。
 いまの日本では、自然のなかで家族が力をあわせて働く喜びを体験するのは、不可能に近い。それだけに、そんな暮らしがいきいきと描かれ、読者をその世界につれこんで、一家の仲間入りをさせてくれる作品はありがたい。子ども時代に出会えば、好きなときにもどっていける故郷にもなりうるだろう。 (2003/4/20)

(38)『影との戦い』
(ル=グウィン作、清水真砂子訳、岩波書店、1600円)
 魔法が使えたら、なんでもできて便利だと思ってはいないだろうか。この物語の主人公で、魔法の才能に恵まれた少年ゲドも、そう思っていた。しかし魔法使いの学校では、魔法は世界の均衡を崩すからなるべく使うなと教えこまれる。それが不満なゲドは、禁じられた魔法を使い、その結果出現した恐ろしい影に追われる身の上となる。
 魔法使いの物語なら、魔法が好きに使えたほうがおもしろいかというと、決してそうではない。魔法でなんでもできるおもしろさは、しょせんは絵空事にすぎない。それに対して、野心や劣等感に苦しみながら成長していくゲドの冒険は、思春期を生きる若者の心の冒険そのものだ。現代ファンタジーの最高傑作と評されるのも当然だろう。 (2003/4/20)

(39)『お話を運んだ馬』
(シンガー作、工藤幸雄訳、岩波書店、640円)
 昔、ポーランドには三百万のユダヤ人がいて、貧しい暮らしのつらさをユーモラスなお話でまぎらしながら、助け合って生きてきた。しかし、第二次大戦中にヒトラー政権によって、そのほとんどが殺されてしまった。シンガーはその前にアメリカへ渡って生きのびたが、絶滅させられた人々の心と文化を残そうと、使う人のいなくなったイディシ語という言葉で、子ども時代の思い出や古い物語を書きつづけた。
 この短編集には、とんまな人たちのこっけいなお話や、貧しくても幸せに暮らす人たちの心温まるお話が集められている。とりわけすてきなのが、愛馬といっしょに村から村へ物語を届けて歩いた男を描いた、巻頭の一編だ。物語と人間に対する深い愛が、しみじみと伝わってくる。 (2003/5/4)


(40)『子鹿物語』上中下
(ローリングズ作、大久保康雄訳、偕成社、553円、700円、700円)
 人間が自然の厳しさとむかいあって懸命に生きていた時代、フロリダの奥地の農園で暮らしていた少年ジョディは、一頭の子鹿を手に入れる。兄弟も友だちもいなくてさびしかった少年は、夢中で子鹿をかわいがるが、子鹿はじきに成長し、一家の命綱である畑を荒らしはじめる。少年はなんとか子鹿をかばおうとするが、生きることの厳しさを思い知らされ、ついには自分の手で子鹿を殺し、子ども時代に別れを告げる。
 重いテーマを扱った大長編だが、みずみずしい自然描写と、好奇心と食欲でいっぱいの少年の心が、読者をぐいぐいと引っ張っていく。ぎりぎりの暮らしのなかでも少年に深い愛情をそそぐ父親の姿が、優しくて強い本物の大人の魅力を教えてくれる。 (2003/5/4)

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本棚の宝物 31〜40

山陽新聞 第1・第3日曜日連載

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