(11)『西の魔女が死んだ』
(梨木香歩作、小学館、1229円)
 中学にはいって学校へ行けなくなったまいは、田舎で一人暮らしをしている祖母の家へ行くことになる。祖母はイギリス人で、鶏を飼い、野菜を作り、たらいで洗濯をするその生活ぶりは、おだやかな呼吸のように自然で、まいを落ち着かせてくれる。ある日祖母は、そのまた祖母が不思議な力を持っていたことを話しはじめる。自分も魔女になりたいと願うまいに、祖母は、まずは規則正しい生活で精神力を鍛えることを勧める。
 どっしりした愛情でまいを包み、日々の暮らしのために身体を動かすことの充実感を、身をもって教えてくれた祖母。異国である日本に根をおろしたこの堂々たる女性は、本当に魔女だったのか。おそるおそる自分の足で歩きはじめた少年少女を、さりげなく支えてくれる一冊である。 (2004.7.11)


(12)『幼ものがたり』
(石井桃子作、福音館書店、788円)
 おぼえているはずがないくらい小さいときの出来事なのに、奇妙にくっきりと心に残っている断片はないだろうか。それは、クモの巣におりた朝露の輝きだったり、大人の言葉にうまく答えられない幼い自分のもどかしさだったり、前後のことは消えているのに、そこだけが何かのはずみでふっと心によみがえる。
 この本は、児童文学の翻訳家である著者が七十近くなったとき、そんな記憶を丹念に拾い集めてつづったものだ。他人の思い出話など退屈かと思ったら大まちがい。優れた翻訳家ならではの表現力で見事に言語化された幼い心の感触は、読者自身の遠い日の記憶を、魔法のようによみがえらせる。この本の助けがあれば、大人になっても、子どもの目でものを見ることを忘れないでいられるだろう。 (2004.7.11)


(13)『オオカミのようにやさしく』
(クロス作、青海恵子訳、岩波書店、1748円)
 わからないことがあっても気にせずに、言われたことだけやっていれば大丈夫。事情があって祖母と暮らしてきた十三歳のキャシーは、これまでそう思っていた。ところがある朝、祖母にいきなり荷物を渡され、しばらく母親のところへ行けと言われる。やっとたずねあてた母親は、学校をまわってオオカミについてのワークショップをしている男と暮らしている。
 風変わりな生活にとまどいながら、キャシーはやっと、頭のなかのさまざまな疑問をつなぎあわせはじめる。なぜ自分は両親と暮らせないのか。荷物にはいっていた奇妙なものは何か。見えてきた真実はキャシーを危険に陥れるが、そのなかでキャシーは、自分にもちゃんと愛が注がれていたことを知る。テロリストも出てくるが、読後感は温かい。(2004.7.25)




(14)『伝記 虫の詩人の生涯』
(奥本大三郎編訳、集英社、1323円)
 ファーブルの『昆虫記』はとても有名だが、ちゃんと読んだ人は少ないはずだ。昆虫好きでも読書が得意でないと、図鑑のほうがいいと思うだろうし、読むのは好きでも昆虫が苦手だと、手を出す気にはなりにくい。そこでお勧めしたいのが、『昆虫記』全八巻の一冊として出されたこの伝記だ。
 この本では、十九世紀のはじめにフランスの田舎で生まれたファーブルが、満足な学校教育も受けられないなかで、まわりのいろんなものに興味を持っていく様子が、のちに『昆虫記』に登場する具体的なエピソードを交えながら、わかりやすく語られている。ほとんど独学でさまざまな発見をしたファーブル自身の人柄や、フランスの風土と文化に親しみが湧いてきたら、『昆虫記』を読むのが楽しみになってくるだろう。(2004.7.25)



(15)『時計坂の家』
(高楼方子作、リブリオ出版、2100円)
 子どもははじめ、現在だけに生きている。でもやがて、昔というものが見えはじめ、存在すらろくに知らなかった人たちの人生が、いまの自分につながっていることに気がつく。ある夏休み、疎遠だった母方の祖父を訪ねたフー子は、若くして死んだと聞かされていた祖母にまつわる、不思議な謎に出会う。謎に関心を寄せる遠縁の少年の助けを借りながら、フー子は祖母の心をとらえていた世界を発見していく。
 ロシアから来た時計作りが作ったからくり時計や、入れ子になったロシア人形など、異国の香りのするモティーフが、ファンタジーへの扉を開く。ていねいな描写が、北国の港町のしっとりした空気とそこに生きる人々とを見事にとらえ、忘れがたいものにしている。著者の姉による挿絵もすばらしい。(2004.8.8)




(16)『絵で読む広島の原爆』
(那須正幹作、西村繁男絵、福音館書店、2730円)
 戦争のこと、原爆のことを、平和な日本しか知らない子どもたちに伝えることは大切だ。しかし、幼い子どもに無理に伝えようとしても、「こわい」「かわいそう」という感情のレベルで終わりがちだし、理不尽すぎる恐怖に本アレルギーさえ引き起しかねない。子どもが本当に必要としているのは、そんな理不尽な出来事がなぜ起こったのかをきちんと理解し、次にそんなことが起こりかけたら、知恵と勇気のかぎりをつくして防げるように、力を貯えることではないか。
 知識の本として原爆を語るこの本は、その目的にかなっている。歴史と科学の両方の視点からのくわしい解説がついていて、相当読みごたえがあるが、戦争の問題をしっかりと受け止めるには、これを読みこなす力が必要なのだ。(2004.8.8)

(17)『ティーパーティーの謎』
(カニグスバーグ作、小島希里訳、岩波書店、714円)
 小学校六年生といえば、子どもから一人の人間へと、急激な変化をとげる年齢だ。そのせいで、家族との関係も、友だちとの関係も、あっちこっちでぎくしゃくする。カニグスバーグは、この年齢の子どもを描かせたら世界一の名手だが、この作品はそのうちでもよりぬきの一冊。三人の少年と一人の少女が、それぞれ自分の物語を語り、やがてそれがかみあって、見事な四重奏を奏ではじめる。
 それぞれの人物を複数の目から見るというのは、とてもおもしろいし、人間観察のトレーニングにもなる。四人はさまざまなトラブルを乗り越え、いつも土曜の午後にはお茶を楽しむすてきな仲間になっていくが、物語にじっくりとつきあった読者は、四人とともに心地よいやすらぎを味わうことができるだろう。(2004.8.22)



(18)『ぼくの自然図鑑』
(長谷川哲雄作、岩崎書店、2854円)
 図鑑とあるが、名前を調べるための図鑑ではなく、春から冬への季節の変化をたどりながら、美しい絵と解説で、自然観察のポイントを教えてくれるガイドブックだ。取り上げられているのは植物と昆虫だが、見分ける手がかりになる部分がよくわかるように描いてあるので、実物に出会ったときに、見る目がちがってくるだろう。
 さまざまな切り口から書かれた解説の内容もおもしろい。種にアリの好物をつけ、アリに運ばせて種まきをする植物。昆虫に効率よく花粉を運んでもらうために工夫している花。葉っぱのなかに隠れる幼虫。花や実の形の意味。「どんぐりの背くらべ」と言うが、じつはずいぶん大小のちがいがあることも、一本の木から落ちたどんぐりがずらりと並んだ絵で納得だ。(2004.8.22)



(19)『おれの墓で踊れ』
(チェンバース作、浅羽莢子訳、徳間書店、1680円)
 十六歳の夏、進路に悩んでいた少年ハルは、友だちのヨットを勝手に借りて転覆し、二つ上のバリーに助けられる。バリーは学校をやめて、母親の店を手伝っているが、暮らしぶりはぜいたくで自由気まま。ハルはバリーに引き回されるままに、未知の世界へと飛び込んでいく。だが、七週間後、激しい仲違いの末にバリーは事故死。ハルは冗談半分にかわした約束を守ろうとその墓の上で踊り、逮捕される。
 物語は、ハルが文学の教師の勧めで書いている手記を中心に進行していく。同性愛などスキャンダラスな話も含むが、書くことを命綱として自分を見出していくハルの戦いぶりは、不思議なくらいさわやかだ。ハルに言葉の力を教えた教師のモデルは、作者自身を文学に導いた師だとのこと。(2004.9.12)



(20)『カマキリと月』
(ポーランド作、さくまゆみこ訳、福音館書店、735円)
 かつて物語は、子どもや若者たちを楽しませながら、生きるための知恵や戒め、災難に立ち向かう勇気、そして、それらすべてを次の世代へ伝えることの大切さを教える役目をはたしていた。動物や鳥や虫たちが活躍するこの短編集は、南アフリカで狩猟採集の暮らしを営んできた人たちの昔話をもとに、その精神が現代の人たちにも伝わるようにと書かれたものだ。
 わんぱく坊主のカワウソが、災害で一人ぼっちになって大きく成長し、詩や音楽の技まで身につけて祖父と再会する話。太陽のライオンに追われるガゼルの星が、あさはかな行動で飢饉を引き起こし、自分の仕事は太陽を先導することだと悟る話。素朴な教訓物語が、自然についての豊かな知識に支えられて、おおらかな詩のように格調高いものとなっている。(2004.9.12)

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山陽新聞 第1・第3日曜日連載

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