(41)『ノンちゃん雲に乗る』
(石井桃子作、福音館書店、1200円)
 ある朝ノンちゃんが目をさますと、お母さんが兄ちゃんだけをつれて出かけたあとだった。大人には大人の理由があるが、「だまされた」と思ったノンちゃんは納得しない。いつもは聞き分けのいい子が、大泣きして木に登り、池に落ちたと思ったら、空に浮いていて、雲に乗ったおじいさんに拾われる。「常識」の通用しないおじいさん相手に身の上話をするうちに、ノンちゃんの心は次第にほぐれていくが、さて、もとの世界に帰れるかどうか。
 作者は『クマのプーさん』などの翻訳で親しまれている名訳者。創作は少なく、これも戦後まもない作品だが、主人公である八歳の少女の心の冒険は、時代の変化を超越した子どもの真実をあざやかにとらえていて、いまなお新鮮だ。 (2003/5/18)

(42)『あのころはフリードリヒがいた』
(リヒター作、上田真而子訳、岩波書店、680円)
 1925年、ドイツのあるアパートで、二人の少年が生まれた。二人は当然のようにいっしょに遊び、おなじ小学校へ入学するが、そのころから世の中が少しずつ狂いはじめ、ドイツ人の「ぼく」とユダヤ人のフリードリヒの歩む道は、次第に大きくへだたっていく。
 ユダヤ人迫害という歴史はずしりと重いが、そのなかに生きた子どもたちにとって、ひとつひとつの出来事は、一見ささいなことにすぎない。それがいつしか積み重なって、とりかえしのつかない悲劇に至る過程を、かつての「ぼく」である作者は、感情を交えずに淡々と描いている。戦争や差別に反対を唱えるだけなら簡単だが、本当に流れに立ち向かうには何が必要なのか、冷静に考える糸口として、これほどの作品はまたとない。 (2003/5/18)



(43)『ハイジ』上下
(シュピリ作、上田真而子訳、岩波書店、720円、680円)
 「アルプスの少女ハイジ」なら、アニメやダイジェスト本で知っているという人が多いだろう。無邪気な少女が、がんこなおじいさんをはじめ、まわりの人たちをみんな幸せにし、アルプスの美しい自然のおかげで、その友だちである都会の少女の病気がなおり、歩けるようになる。なんて甘ったるい、型にはまったお話なんだろう……。
 たしかに全訳でも、おおまかな筋はそのとおりだ。しかし、物語をていねいにたどっていくと、ハイジ自身がまわりの人たちに助けられ、苦しみを乗り越えてその個性を開花させていくありさまに、深い真実味を感じないではいられない。ハイジが故郷へ帰りつく場面など、「本当の喜び」とはこういうものかと、何度読み返しても胸をうたれ
る。(2003/6/1)



(44)『800番への旅』
(カニグスバーグ作、小島希里訳、岩波書店、640円)
 人間が社会のなかで生きていくとき、どうしても必要なのが自尊心だ。自分には生きていく価値がある。。そう思えなければ、落ち込んだときに立ち直れない。親に愛されて育てば、小さいうちは大丈夫だが、親の絶対性がゆらぐと、それだけでは足りなくなる。
 主人公マックスのとりあえずの頼りは、名門中学のブレザーだった。母親が再婚して新婚旅行をしているあいだ、もとの父親に預けられたマックスは、暑くてもそれをぬごうとしない。父親はラクダ使いの見世物師で、マックスはそれがいやでたまらないが、父親との旅でさまざまな人たちに出会ううちに、見えなかったものが見えてくる。そして、自分の内側に本物の自尊心を育てるすべが、ほんの少しわかってくるのだ。(2003/6/1)



(45)『魔女の宅急便』
(角野栄子作、福音館書店、700円)
 魔女のしきたりに従って、十三歳で家を出たキキにできるのは、空を飛ぶことだけ。魔女のいない町を見つけて、自立の道を探すうちに、届けものをする仕事を思いつく。頼まれた荷物は、赤ちゃんのおしゃぶりから楽団の楽器一式まで、大小さまざま。風変わりな荷物を運ぶためのいろんな工夫も楽しいが、仕事を通して出会う人たちとの交流が、のんびりと温かくて心地よい。
 アニメでも名高い作品だが、小さな喜びやスランプが少しずつ積み重なって、気がついたらずいぶん成長していたという感覚は、目の前を一気に流れていく映像では実感しにくい。一年という物語の時間にひたれるように、エピソードの一つ一つをゆっくりと楽しみ、成長することの喜びを味わってほしい。 (2003/6/15)



(46)『ムーン・ダークの戦い』
(ライトソン作、百々佑利子訳、岩波書店、1845円)
 ワラビー、ポッサムなど、珍しい動物たちでいっぱいのオーストラリア。いつもはなんとかゆずりあって暮らしていた動物たちが、食料をめぐる争いを起こしたのは、人間の開発に追われた大コウモリたちが移住してきたからだった。守り神である月の男に相談した動物たちは、大コウモリを追い出すための奇想天外な作戦を開始する。
 前半は地味で、自然観察記録のようだが、物語が進むにつれて動物たちの個性がくっきりしてきて、ユーモラスなやりとりが楽しめる。最初はぶつくさ言っていた動物たちが、少しずつ協力しあえるようになってくると、読んでいるほうもうれしくなる。なじみのない動植物については、藪内正幸による図鑑のような挿絵がついているのがありがたい。 (2003/6/15)



(47)『かるいお姫さま』
(マクドナルド作、脇明子訳、岩波書店、600円)
 子どものいない王さまとお妃さまに、やっと娘が生まれたと思ったら、洗礼式に招き忘れた魔女に呪いをかけられてしまう−−ここまでは、昔話でおなじみの筋書きだ。ところがその呪いが、「重さ」を奪うというものだったから、ふわふわ浮かぶ赤ちゃんをめぐって、宮廷は大騒ぎ。だが、笑っていられたのは最初だけで、やがて若い娘に成長したお姫さまには、人間らしい心が欠けていることがわかってくる。
 十九世紀半ばすぎに書かれたおとぎ話だが、心を育てそこなった子どもの悲劇は、現代を予見しているようだ。そんなお姫さまが、どうやって心を手に入れるか。ナンセンスな笑いと神秘的な美しさが交錯し、ついにはそこからハッピーエンドが花ひらく。読み聞かせにもお勧めだ。 (2003/7/6)





(48) 『トム・ソーヤーの冒険』上下
(トウェイン作、石井桃子訳、岩波書店、680円、680円)
 世界一名高い腕白坊主、トム・ソーヤー。ずる休みをして泳ぎにいったり、女の子の気をひこうと曲芸をやってみせたり、海賊にあこがれて家出をしたり、とにかく頭の回転がはやくて、思いついたら即実行の活躍ぶりが痛快だ。偶然、殺人事件を目撃し、逃げた犯人の復讐におびえるかと思うと、今度は宝探しに熱中し、あいまにはかわいいベッキーと恋のかけひき。最後にはそのベッキーといっしょに洞窟で迷子になるが、うまく出口を見つけるばかりか、宝物まで手に入れる。
 まったく人騒がせで、大人泣かせのトムだが、めりはりのきいた喜怒哀楽のエネルギーには、口うるさいポリーおばさんだって、じきに降参させられてしまう。夏休みの楽しみに、全訳に挑戦してみてほしい。 (2003/7/6)



(49)『ツバメ号とアマゾン号』
(ランサム作、岩田欣三/神宮輝夫訳、岩波書店、2400円)
 舞台はイギリス北部の湖。夏休みをすごしにきた男二人、女二人のきょうだいは、小さな無人島でキャンプをする許しを得て、子どもだけの生活をはじめる。レモネードをラム酒と呼ぶなどのちょっとした工夫とこだわりが、冒険気分を盛り上げる。そこへ、島は自分たちのものと主張する勇ましい姉妹が現れ、一触即発。しかし、おたがいの遊びっぷりが気に入って、まず条約を結んでから、正式に戦おうということになる。
 もうじきはじまる夏休み、アウトドア生活を何倍も楽しもうと思ったらこの遊び上手な子どもたちに弟子入りするにかぎる。ずしりと厚い本なので最初はたじろぐかもしれないが、手抜きのない書き方のおかげで、じきにいっしょに冒険している気分になれる。 (2003/7/20)



(50)『たんぽぽのお酒』
(ブラッドベリ作、北山克彦訳、晶文社、1800円)
 1928年夏、イリノイ州グリーン・タウン。この本の読者なら、そう聞くだけで、あざやかな記憶の洪水にくらくらしそうになるだろう。書かれているのは、12歳の少年ダグラスが、その夏に経験したさまざまな出来事だが、そのひとつひとつが散文詩のようにみずみずしい。
 「ぼくは生きているんだ」という大発見をした日のこと。親友との別れ。夏の夜の闇にひそむ危険の匂い。見世物小屋の魔女。いくつかの死。人生の謎の数々が一度に押し寄せてきて、ついにダグラスは熱を出して寝こんでしまう。その熱から彼を救ったのは、行商人からのプレゼントの「夢を見るための緑の黄昏印、純粋な北方の空気」のびん詰めだ。美しい言葉とイメージが、生きる喜びを手渡してくれる。 (2003/7/20)


             

本棚の宝物 41〜50


山陽新聞 第1・第3日曜日連載

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