(21)『小さな山神スズナ姫』
(富安陽子作、偕成社、1050円)
 山の神さまの一人娘スズナ姫は、もうすぐ三百歳。でもお父さんにはまだ小さいと思われていて、いつも雲の御殿のなかでお留守番。姫の願いは、いつか雲の上からながめた、丸い小さなスズナ山の山神になること。呪文もこっそり勉強して、ついにお父さんに独立宣言。あわてたお父さんは、スズナ山の木の葉を一日で秋の色に染められたなら、と条件を出す。
 幼い子どもむきの短くて愉快なファンタジーだが、わずかな描写で風景がいきいきと目に浮かぶのは、木の葉を染める絵の具の作り方、それに使う道具、動物たちの手伝い方、呪文など、すべてが日本の自然と文化に調和するように、ていねいに工夫されているからだ。おかげで、スズナ姫が自分の山を愛さずにいられない気持ちに、心から共感できる。(2004.9.26)

(22)『ラギーラグ』
(シートン作、今泉吉晴訳、福音館書店、945円)
 シートンは、北米の大自然とそこに生きる動物たちをこよなく愛し、名著『動物記』を通して、人間も動物もおなじ自然の一部であることを訴えつづけた。この本もそのうちの一編で、ワタオウサギの子どもラグが、お母さんから「低くふせて、なにもいわない」技や、「バラの茂みは、ウサギの友だち」という知恵など、さまざまなことを学び、キツネやイヌなどの危険を乗り越えて、たくましく生きていく物語。
 シートンの作品は、今日の生態学の先駆とも言うべき綿密な観察に基づいており、助け合って生きる母と子の感動的な物語であると同時に、さまざまな知識を盛り込んだ科学読みものともなっている。シートンは優れた画家でもあって、豊富な挿絵も楽しめる。訳者による別冊の伝記『シートン』もお勧めだ。(2004.9.26)


(23)『ヨーンじいちゃん』
(ヘルトリング作、上田真而子訳、偕成社、1470円)
 両親と子ども二人の家に、遠くで独り暮らしをしていた母方の祖父が来ることになる。電信柱のようにのっぽで、おかしな言葉を使うヨーンじいちゃんは、断固たる自分の生き方を持った変わり者。でも子どもたち、とりわけ十になるヤーコプは、何をしでかすか見当もつかないおじいちゃんが大好きになる。腕に覚えのある染めものをはじめて村の人気者になるかと思えば、酔っぱらったり、恋をしたり……。
 でも、とうとうある日、おじいちゃんは倒れる。ますます頑固になったおじいちゃんに、家族はふりまわされるが、最初は衝突ばかりしていたお父さんさえ、入院させようとは言わない。家族に支えられて人生を全うしたおじいちゃんこそが、大きな力でみんなを支え、家族が共に暮らすことの喜びを教えてくれていたのだ。(2004.10.10)



(24)『あやとりの記』
(石牟礼道子作、福音館書店、1260円)
 著者は水俣病を告発した『苦海浄土』で名高い人だが、幼いころの記憶をもとに編み上げたこの作品は、ほんの七十年ほど前の日本の暮らしがどれほど美しかったかをまざまざと見せてくれて、失ったものの大きさに呆然とするほどだ。人々は動物や目に見えないものたちを「あのひとたち」と呼んで敬意を払い、道で蟹の行列に出会えば「今日はこの衆たちは何処ゆきじゃろう」などと声をかける。幼い少女みっちんは、見えないものたちの気配を楽しみながら、野山や海辺を心ゆくまでさまよい歩く。
 思い出の記ではあるが、そんな少女の魂の内側から書いてあるので、これこそ日本のファンタジーだという気さえしてくる。方言による会話や歌の風雅な味わいも格別だ。絶版だが、文庫化の予定もあるとのこと。(2004.10.10)



(25)『親指姫』
(アンデルセン作、大塚勇三訳、福音館書店、893円)
 アンデルセンの童話は有名だが、乱暴に縮めた形でしか知らない人が意外に多い。「親指姫」「ナイチンゲール」「野の白鳥」など十八の物語を選び、オルセンの挿絵を添えたこの本は、手に取りやすくてお勧めだ。なかには暗さや教訓色がちょっと気になるものもあるが、いいもののよさはやはり格別。気に入ったものから、子どもたちに読んであげてほしい。
 アンデルセンは、エンドウ豆や雪だるまやモミの木にそれぞれの人生を語らせるかと思えば、言葉の魔法で森や海や宮殿や町をありありと浮かび上がらせ、たくましいユーモアで元気づけてくれる。何よりも心に残るのは、本当に美しいものへの深い愛で、おなじ愛を分かち合える人に育ってほしいというのが、アンデルセンが子どもたちに託した願いなのだ。(2004.10.24)



(26)『新版 道具と機械の本』
(マコーレイ作、歌崎秀史訳、岩波書店、7770円)
 「マンモス狩りの方法」ではじまり、「航空会社のシステム」で終わるこの本は、私たちのまわりのありとあらゆる道具や機械から二百種あまりを取り上げて、そのしくみをわかりやすいイラストを使って説明したものだ。四百ページに及ぶ分厚い本だが、ひるむことなかれ。斜面、てこ、車輪など、原理によって分類してあるので、つめ切りとピアノなど、意外なものが仲間だとわかっておもしろい。
 案内役は愛嬌たっぷりなマンモス君。新たな原理が出てくるたびに、このマンモス君が実験台になって、いろんなことに挑戦してくれるので、読みものとしてもおもしろい。コンピューターの原理も、カボチャを使った説明で「なあるほど」と納得できる。一日一ページずつ読めば、一年で科学に強くなれることうけあいだ。(2004.10.24)



(27)『西遊記』上中下
(呉承恩作、君島久子訳、福音館書店、各840円)
 中国のお話でいちばん有名な人物といえば、如意棒を片手に雲に乗ってすっとぶ孫悟空。最初はむちゃないたずらで大騒ぎを起こすが、唐の国から本物のお経を求めて天竺まで行く三蔵法師の弟子になり、次々に三蔵を襲う妖怪変化相手に大活躍。悟空が暴れすぎると三蔵がたしなめ、案外気の弱い三蔵がしょげると悟空がはげます。くいしんぼうの猪八戒や、実直な沙悟浄の助けもあるが、この絶妙な師弟コンビなしには、一歩だって前へは進めない。
 もともとは語られたお話なので、「三蔵あやうし」というところで区切りとなってハラハラさせる。訳文も名調子だし、一話ずつ朗読すれば家族みんなで楽しめるだろう。瀬川康男が心血をそそいだ挿絵がたっぷり添えられていて、文庫化されても、うれしくなるほどぜいたくな本だ。(2004.11.14)



(28)『宇治拾遺ものがたり』
(川端善明編訳、岩波書店、756円)
 鬼や仏さまに出会った人の不思議な話。偉そうだけれどもいいかげんだったり、ほんとに偉かったりするお坊さんの話。ずるい人やまぬけな人の出てくる笑い話。ぞくっとする話や、ちょっと下品な話。鎌倉時代の説話集というと、古くさくて堅苦しいと思われそうだが、「こんなことがあったんだってよ」「へえ、ほんと」と、さっそくうわさ話にしたくなる日本伝統の珍談奇談が、全部で四十七選ばれている。
 昔話としても知られる「こぶとり」や、「舌切り雀」の類話「腰折れ雀」も、ちょっとちがった味わいでおもしろい。現代語訳は自在で、ときに大胆。お父さんがその場でかみくだいて、語ってくれているようだ。小学生でも楽しめるお話も多く、読み聞かせに挑戦しようというお父さんに、ぜひ手にとってみていただきたい。(2004.11.14)



(29)『地下脈系』
(マーヒー作、青木由紀子訳、岩波書店、2100円)
 十一歳の少年トリスが、学校からの長い帰り道で毎日のように夢見るのは、宇宙をまたにかけた秘密捜査員になって活躍すること、水道も電気もない不便な暮らしを嫌って出ていったお母さんが、すてきな車で迎えに来ること。ところがある日、悪漢から逃げているという奇妙な少女と出会い、大冒険の夢が現実になったかのような事件に巻きこまれる。
 借りものの夢、危険な夢、実現不可能な夢……いろんな夢にふりまわされて、右往左往するのが思春期。そのなかから、本気で取り組む価値のある夢を選び取ることができれば、それが人生の第一歩となる。現代を生きる少年少女の心を語らせたら天下一品のマーヒーは、謎とスリルで読者をわくわくさせながら、自分という人間をしっかりとつかむすべを、さりげなく教えてくれる。(2004.11.28)



(30)『象のブランコ』
(工藤直子作、理論社、1575円)
 象の鼻のブランコに乗ってぶらりぶらりと揺られたら、どんなに安心しきって身をゆだねていられるだろう。「のはらうた」などで人気の高い詩人、工藤直子にとって、「とうちゃん」とすごした日々の思い出は、まさに象のブランコだった。小さい娘が寝床のなかで泣いていると、あぐらをかいた膝に乗せて「しばらく坐ってろや」と言ってくれたとうちゃん。年とってから赤いレインシューズをほしがり、それをはいて釣りにいけば「サカナも喜ぶ」と言ったとうちゃん。そんなとうちゃんへのまっすぐな愛が、読者の心をも温かくほぐしてくれる。
 とうちゃんを語るのは、大人の工藤直子であると同時に、詩人ならではの言葉でいきいきとよみがえらせた、子どもの直子でもある。心のなかに子どもを生かし続けられる人は、みんな象のブランコに揺られたことがあるのかもしれない。(2004.11.28)

続・本棚の宝物 21〜30

山陽新聞 第1・第3日曜日連載

HOME 本棚の宝物 本棚の宝物1〜10 11〜20 21〜30 31〜40 41〜50
続・本棚の宝物1〜10 続11〜20 続21〜30 続31〜40 続41〜50