「本棚の宝物」連載再開にあたり
 “心の居場所”に一生の宝物を

                   岡山子どもの本の会代表
                            
脇 明子


 一昨年の夏からほぼ一年間にわたって、『本棚の宝物』と題し、岡山子どもの本の会が選んだ五十冊の子どもの本をご紹介させていただきました。新刊重視ではなく、長く読みつがれてきた古典を中心に、たとえ版元品切れになっていても、本当にいいものを紹介する、という方針で続けてまいりましたが、幸いたくさんの方々に支持していただき、半年のお休みののち、続編をスタートさせていただくことになりました。
 今度も基本的な選書方針はおなじですが、三つほど新しいことがあります。まず第一に、前回は昔話と創作の物語がほとんどでしたが、今度はノンフィクションを加えることにしました。科学読みもの、エッセイ、伝記などがそれに当たります。子どもむけの科学の本というと、図鑑が連想されがちですが、図鑑では絵や写真を「見る」ことに終わってしまいかねないので、もっと読みごたえのあるものを選びたいと思っています。
 第二に、前回は小中学生で読めそうなものに限りましたが、今度は高校生でないとむずかしいかなと思うものも、遠慮しないで選ぶことにしました。そうでないと、本当にすばらしい宝と言えるような本が、子どもにも大人にも読まれずに埋もれてしまいがちだからです。手に取ってみてむずかしすぎると思ったら、あとのお楽しみに、しばらく本棚に寝かせておいてください。
 第三に、最初の五十冊では、おなじ著者のものは一冊に限りましたが、作風の幅の広い人の場合、それではもったいないので、タイプのまったくちがう作品があれば、だぶっても紹介させていただくことにしました。
 半年のお休みのあいだに、いくつかうれしいことがありました。ひとつは、宮沢賢治の物語に想像力をじゃましない落ち着いた挿絵をつけて、朗読しやすい本を作ろうという企てが、三冊の美しい本となって実を結んだことです。岡山子どもの本の会のメンバーが、保育園の子どもたち相手にそのうちの一冊、『狼森と笊森、盗森』の読み聞かせを試みたところ、二十五分もかかるお話なのに、子どもたちは夢中で耳を傾けてくれたとのこと。宮沢賢治の言葉の魔法もさることながら、ちゃんとそれに反応してくれた子どもたちの底力に、勇気づけられる思いでした。
 もうひとつは、子どもが長時間にわたって映像メディアに触れることの危険について、日本小児科医会がようやく正式の提言を出してくれたことです。これは本当に大きな問題で、アメリカではすでに五年前に提言が出されているのですが、日本ではこれまで一部の人が言っているだけとして、軽く扱われてきました。映像メディアには大きな魅力があり、危険だと言っても子どもたちをそれから引き離すのは困難ですが、本を読むことのおもしろさを実感することは、何よりの防波堤になるはずです。
 映像メディアやインターネットの時代だからこそ、情報や刺激にふりまわされずにしっかりと歩いていくために、心の居場所となる本棚に、一生の宝になるような本を少しずつ集めていってください


わき あきこ
ノートルダム清心女子大学教授。翻訳家。専門はファンタジーだが、子どもの読書の問題にも力を入れている。岡山県子ども読書活動推進会議会長。著書に「ファンタジーの秘密」、訳書に「不思議の国のアリス」など。
(山陽新聞2004年4月11日)



連載開始にあたって
                         脇 明子

 いま、若い人たちのあいだでは、本を読むことが苦手なのは、ちっとも珍しいことではないようです。でも、それはとても不便なことだし、もったいないこと。黒い文字の行列は、最初のうちはちょっと退屈でも、少しずつその世界が見えはじめると、がぜんおもしろくなってきて、読み終えるころには、気の合う友だちや、それぞれの味を持った素敵な人たち、気持ちのいい家や町などが、丸ごと自分のものになるのですから。
 でも、本のなかにそんな世界が詰まっているということは、なかへはいってみないとわかりません。絵本なら一目でおもしろそうだとわかっても、黒一色の挿絵だけだったり、それもなしの文字だけだと、だれかが本のなかから「おもしろいよ」と呼んでくれないかぎり、子どもが本の世界
への敷居を乗り越えようとしないのもあたりまえです。
 ところが、子どもたちはしばしば、絵本は読み聞かせてもらったのに、肝心のその時期になると、「もう読めるんだから、自分で本を選んで読みなさい」と言われてしまいます。そこで、なるべく敷居の低そうな本を選ぶと、おもしろさもたいしたことはなくて、本なんて退屈だと思ってしまいがちですし、そんなものばかり読んでいたら、ほんとに手応えのあるものを楽しむ力は、いつまでたっても身につきません。

 そこで大切なのが、大人による手助けです。絵本でやめないで、物語の本を少しずつでも読んであげたり、こんなに楽しいお話だよと教えてあげたりしてください。幸い、子どもの本の世界には、大人になって読み返してもやっぱり同じように夢中になれて、一生本棚の宝物にしておけるような作品が、少なからずあります。そんな本の世界を親子でいっしょに楽しむことは、やがて親子が友だちみたいに語り合えるようになるための、かけがえのない土台にもなるはずです。
 今日から、岡山子どもの会のメンバーの協力を得て、毎回2冊ずつご紹介するのは、小学生、中学生から楽しめて、大人になり、年を取るまで、長い長い友だちづきあいができそうな本ばかりです。本はたくさん読むのがいいのではなく、数は少なくても中身のしっかりある本を、思い出すたびに読み返すほうが、ずっといいのです。最初はわからないところがあっても、すっ飛ばして楽しむのがコツ。何年か経って読み返したとき、「あっ、そういうことか」とわかって、自分の成長に満足できるのも、読書の楽しみのひとつです。
 いま、いい本が売れにくくなっていて、宝物になるような本が出ても、本屋さんに並ぶのはほんのわずかなあいだだけです。でも、いい本は図書館へ行けば見つかりますし、気をつけていれば、ときどき復刊もされます。ただ、有名な作品の場合、題名は同じでも、中身を何分の一かに縮めたダイジェスト本も多いので、ご用心。ダイジェストは一見読みやすくても、ほんとなら出会えたはずの一生の友だちや、心の居場所になれるような世界は、薄っぺらになった本からは姿を消しているのがふつうですから。


わき あきこ
1948年香川県生まれ。ノートルダム清心女子大学教授。翻訳家。専門はファンタジーだが、子どもの読書の問題にも力を入れている。岡山子どもの本の会代表。著書に「ファンタジーの秘密」、訳書に「不思議の国のアリス」など。
(山陽新聞2002年7月21日)


『本棚の宝物』連載開始
 二〇〇二年七月二十二日から、山陽新聞の「子どものページ」で、「岡山子どもの本の会が選ぶ五十冊」の連載がはじまりました。毎月第一、第三日曜に、二冊ずつ紹介していく予定です。内容としては、小学生から中学生に、本の楽しさを味わってもらえるもの、ということで、物語の本を中心に、昔話や詩のいいコレクションも加えていきます。子どもの本の傑作は、大人が読んでも心から楽しめるもの。名前は知っていても、ちゃんと読んだ覚えのない本があったら、この際手に取ってみて、おもしろかったら、身近な子どもたちに読んであげたり、中身を教えてあげたりしてください。

                            

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