(1)『狼森と笊森、盗森』
(宮沢賢治作、古今社、1260円)
 宮沢賢治の物語のうちでも、おおらかな楽しさでは天下一品。原野の開拓にやってきた農民たちが、まず森にむかって「畑起してもいいかあ」と聞くと、森がいっせいに「いいぞお」と答え、小さな村が誕生する。みんなせっせと働いて、やっと粟が実るようになった秋、幼い子どもたちが姿を消す。「さがしに行くぞお」と叫ぶと、森が「来お」と答え、みんなが一番ちかい狼森へ行ってみると……
 人間と自然が対等で、しかも親しい仲間づきあいをしていた時代の感覚が、言葉のはしばしからよみがえる。小野かおるの的確な挿絵が想像力をしっかりと支え、絵本から物語の本への橋渡しにぴったり。ほかに『セロ弾きのゴーシュ』と『なめとこ山の熊』もある。(2004.4.24)




(2)『小さな反逆者』
(ニコル作、鈴木晶訳、福音館書店、735円)
 イギリスに生まれ、極地探検などで活躍したのち、日本が大好きになって長野に住みついた著者が、まばゆいばかりの喜びと痛ましい苦しみとに彩られた子ども時代を語ったエッセイ。異質な二つの世界の境目に育ったために、両方から差別され、ときにはひどいいじめを受けた少年は、自然のなかに居場所を見つけ、アナウサギやカワウソとの出会いに大きな幸せを見出していた。大人たちのなかにも、つらい暮らしを笑いとばすすべを心得た個性豊かな人たちがいて、折りにふれて少年を支えてくれた。
 喜びも悲しみも憎しみも、それが全身全霊で味わう純度の高いものならば、いつのまにか魂を磨き、人生を美しいものにしてくれる。そのことが心から信じられる一冊だ。(2004.4.24)



(3)『人形の旅立ち』
(長谷川摂子作、福音館書店、1785円)
 家のすぐ近くには神社があって、しめなわをめぐらした楠の根方に、古い雛人形が捨てられている……そんな山陰の町で少女時代をすごした著者が、思い出の上にそっと重ねるようにして書いた、五つの不思議な物語。古い庭園のおもかげを残した畑で柿の木にのぼっていると、いつも畑仕事をしている「虎おじじ」のところへ、昔死んだ少女がまりを持って遊びにくる。病気になって一人茶室で寝ている妹は、ふだんは開けない戸のむこうに、はてしない草原を見たと言う。
 金井田英津子が工夫をこらした挿絵に飾られた、宝箱のように美しい本を開けば、日々の暮らしのすぐそばに不思議な世界がひっそりと息づいていた時代がよみがえる。坪田譲治文学賞受賞。(2004.5.9)




(4)『お父さんが話してくれた宇宙の歴史』(全4冊)
(池内了作、岩波書店、各1470円)
 ビッグバンという言葉は知っていても、それからどうやって宇宙がで
き、銀河系が、太陽系が、地球が、そして生命が誕生したか、ちゃんと説明できる大人は少ないは
ず。だったら、親子でこれを読んでみよう。宇宙のことを研究しているお父さんが、二人の小学生相手に説明する形式なの
で、最先端の理論までが手に取るようにわかっ
て、感激することうけあいだ。宇宙の謎は原子物理学とも直結していて、いま地球にいろんな元素があるのは、星が生まれては爆発することをくり返したからだ、などということも、なるほどと納得できる。
 イラストが親切で、むずかしい理屈も絵で理解できるようになっているので、科学が苦手だと思っている人にもおすすめだ。(2004.5.9)


(5)『思い出のマーニー』上下
(ロビンソン作、松野正子訳、岩波書店、各672円)
 孤児になって里親に預けられている少女アンナは、不幸なわけではないけれど、愛されているという実感が持てず、無気力でむっつりした子どもになっていた。困った大人たちは、アンナを海辺の民宿に預けて、しばらくのんびりさせることにする。潮が引くとさびしい「しめっ地」の広がるその海辺で、やがてアンナは奇妙な少女マーニーと友だちになる。
 マーニーとのつきあいは不思議なことだらけで、最後はけんか別れになってしまう。ところがそのあと、新たな出会いによってマーニーの秘密が明らかになり、ついにアンナは、まわりの人たちに心を開き、愛し愛されて生きる幸せを手に入れる。孤独な少女の心とさびしい海辺の風景とがぴったり合った、ファンタジーの傑作だ。(2004.5.23)




(6)『野うさぎのフルー』
(フォシェ作、いしいももこ訳、童話館出版、1470円)
 野うさぎは生まれて一週間もしたら、もうひとりぼっち。でも、土とおなじ色の毛皮と、遠くの小さな音が聞きつけられる耳と、世界じゅうでいちばん速い足があるから大丈夫。草原や畑や林をかけまわって、元気いっぱいに育ったフルーは、ある日、きれいな雌うさぎのキャプシーヌに出会い、しばらくいっしょにすごすが、猟犬に追われてわかれわかれになる。もうキャプシーヌには会えないのだろうか。
 一九三〇年代にフランスで作られた本だが、ロジャンコフスキーの絵のみずみずしい美しさは、少しも古びていない。動物の生態を学ぶ知識の本としての役目をしっかり果たしながら、物語としても心をゆさぶる力を持っている。シリーズに、りすやくまの物語もある。(2004.5.23)



(7)『ミオよ わたしのミオ』
(リンドグレーン作、大塚勇三訳、岩波書店、714円)
 自分がほんとは王さまの息子だったら、どんな冒険でもいっしょにできる親友と、金のたてがみの馬を持っていたら……毎日の暮らしがつらいとき、そんな空想を紡ぐことができたら、どれほど助けになることだろう。孤児のボッセは、まさにそんな空想を必要とする少年だった。ところがある日、それが現実となり、美しい「はるかな国」に渡ったボッセは、お父さんの王さまに深く愛されるミオ王子として、夢のような幸せを手に入れる。
 しかしその国にも、平和を脅かす黒い影がひとつあった。ミオはそれと戦うのが自分の役目だと悟り、親友のユムユムと二人で旅に出る。「夕暮れにささやく井戸」といった詩的なイメージが美しく、冒険物語でありながら素朴な昔語りのように心にしみこんでくる。(2004.6.13)




(8)『ならの大仏さま』
(加古里子作、福音館書店、1890円)
 奈良の大仏さまが作られたのは、千二百年以上も昔のこと。機械など何もなかったその時代に、高さ十六メートル、材料の銅だけで五百トンもの巨大な像を、どうやって作ったのか。考えてみれば、不思議な話だ。その謎が、たくさんの挿絵と解説とで、あざやかに解明される。なるほどと納得するとともに、昔の人たちの創意工夫のたくましさに驚かされる。
 この本はまた、最初に大仏建立を思い立った聖武天皇と光明皇后をはじめ、大仏にかかわってきたたくさんの人たちをめぐる、歴史の本でもある。大仏は二度の戦火に焼かれ、そのたびに再建されているが、それだってなまやさしい仕事ではな く、大仏をここまで守り抜いてきた人々の願いを受け継ぐことの大切さを思い知らされる。(2004.6.13)




(9)『星の王子さま』
(サン=テグジュペリ作、内藤濯訳、岩波書店、1050円)
 飛行士として働きながら小説を書き、世界大戦中に消息を絶ったこの作家が、ただひとつの児童文学として残した、不思議で美しい物語。砂漠に不時着した飛行士が、ちっぽけな星から来たという王子さまに出会い、ぽつりぽつりと対話を交わしながら、一週間をすごす。大人を批判するしんらつな言葉が多く、「大人になったらもうだめなんだ」とがっかりする読者もいるが、王子さまはどんな大人のなかにも潜んでいる子どもの部分で、王子さまが仲良しのキツネのことをちゃんと覚えているように、その子どものことを覚えておくことはだれにでもできる。
 最近、挿絵の配置や色などを初版どおりに再現したオリジナル版が出ている。横書きだが、著者自身による絵の味わいを楽しむには、こちらをお勧めしたい。
(2004.6.27)





(10)『ギリシア神話』
(石井桃子編・訳、のら書店、2100円)
 オリンピックがふるさとのアテネで開催される今年、古代ギリシアの人たちが残してくれた物語の財産をひもといてみよう。ゼウス、アポロン、ヘラクレス、イカロス、アリアドネなど、ギリシアの神々や英雄たち、姫君たちの名前は、どなたでもご存じのはず。この本には、それらの神々や英雄たちの物語の主なものが、親しみやすい形でまとめられている。また、吟遊詩人ホメーロスの叙事詩『イーリアス』と『オデュッセイア』の内容も、物語として紹介してくれているのがありがたい。
 ギリシアの文化は、欧米の文化の土台だから、神話のさまざまなエピソードは、その後の文学や美術、オペラやバレエ、はては推理小説などにも、しばしば活用されている。それらを何倍も楽しむためにも、ギリシア神話は必読だ。(2004.6.27)

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山陽新聞 第1・第3日曜日連載

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