(21)『グリーン・ノウの子どもたち』
(ボストン作、亀井俊介訳、評論社、1500円)
 冬休み、小さな少年トーリーは、たった一人で汽車に乗って、ひいおばあさんの家をたずねる。大雨で水びたしになった駅から、ボートに乗ってたどりついた家は、大きな庭にかこまれた石作りの古い屋敷で、まるでノアの方舟のよう。はじめて会ったひいおばあさんは、トーリーのことをとてもよくわかってくれて、二人はすぐなかよしになる。
 ひいおばあさんは、昔その家にいた子どもたちのことを話してくれるが、やがてトーリーは、あちこちにその子たちの気配があることに気づき、かくれんぼの鬼になったみたいに、その子たちを探してまわる。時間を忘れたようなおだやかさに満ちた、不思議で、しかも温かいクリスマス物語である。(2002/12/15)
(22)『クリスマス・キャロル』
(ディケンズ作、脇明子訳、岩波書店、640円)
 クリスマスといえば、だれもが思い浮かべるのは、楽しくてうれしいことばかり。ところが、この物語の主人公スクルージは、けちでがんこな年寄りで、クリスマスを祝う気なんか少しもなかった。ところがそのスクルージの陰気なすまいに、風変わりな幽霊たちが出現し、過去と現在と未来の世界へ次々に案内してくれる。
 少年時代の思い出に涙し、町のにぎわいに浮かれ、貧しくても温かいクリスマスの集いに夢中になり、このままだとどんな未来が待っているかを思い知ったスクルージは、「クリスマスの本当の祝い方を知る人」へと大変身。イギリスの文豪による古典的傑作だが、ユーモアと活気に満ちていて、クリスマスが大好きになることうけあいだ。(2002/12/15)
(23)『世界のはじまり』
(メイヨー再話、百々佑利子訳、岩波書店、1900円)
 この世界はどうしてこうなんだろう。なぜ太陽はあんなにまぶしく光り、夜はこんなに暗いのだろう。なぜ人間は永遠に生きられないのだろう。私たちはもはやそんな素朴な疑問を忘れ、どんな疑問にも科学が正しい答えを出してくれるものと思っていはしないだろうか。
 だが科学の答えは、正確ではあってもクールすぎて、子どもたちの心を落ち着かせてくれはしない。それに対して、この本に集められた世界の諸民族の創世神話は、現実離れしていながら物事の本質をあざやかにとらえ、温かい人間的な言葉で語ってくれて、根無し草になりかかった心に、根を生やす土台を与えてくれる。ブライアリーによる骨太な挿絵も、神話の豊かなパワーをしっかりと受け止めている。(2003/1/5)

(24)『古事記物語』
(福永武彦作、岩波書店、720円)
 みなさんは、海幸と山幸の物語や、オオクニヌシとスセリ姫の物語をごぞんじだろうか。日本最古の書物である『古事記』は、私たちの祖先が口伝えで保存してきた神話や伝説や歴史をまとめて記録したものだが、そこには、日本にもこんなお話があったのかと驚くほど、スケールの大きな物語が詰まっている。
 神話はともすると政治的に利用されやすく、日本神話も軍国主義と結びついてきたために、戦後は敬遠され、いつしか忘れられてしまいつつある。しかし、世界のさまざまな文化のなかで、私たちがどういう位置にいるのかを知るためにも、無意識の底にある自分たちの神話を見直すことは必要だ。原文の味をいかした福永氏の再話は、大人にとってもありがたい神話入門である。(2003/1/5)


(25)『番ねずみのヤカちゃん』
(ウィルバー作、松岡享子訳、福音館書店、1300円)
 「番ねずみって何?」「ヤカちゃんって、へんな名前」−−この本を見たら、だれだってまずそう思う。原題を直訳すれば「やかましいねずみ」なのだが、ストーリーテリングの名手による日本語訳の題名は、子どもたちの好奇心をたくみに刺激し、物語の世界への敷居をひょいと越えさせてしまう。
 ヤカちゃんは、とても声の大きい子ねずみ。ねずみは静かに隠れていないといけないのに、ヤカちゃんがしゃべると、「かべの中にライオンがいるんじゃないか」と思われてしまうほどだ。おかあさんねずみはいつもはらはら。でも、ついにその大声が役に立つときがきた。
 幼い子どもに読み聞かせたら、大喜びすることうけあいの、痛快なお話だ。(2003/1/19)

(26)『不思議の国のアリス』
(キャロル作、脇明子訳、岩波書店、640円)
 だれ知らぬ者がないほど有名な作品だが、ちゃんと全訳で読んだ人は、案外少ないのではないだろうか。お行儀がいいくせに無鉄砲な少女アリス、にやにや笑いだけを残して消えるチェシャー・ネコ、すぐに「首をはねろ」と言うトランプの女王など、イメージとしては知っていても、それぞれがどんなに風変わりな個性を持ち、ナンセンスで愉快な会話をかわしあっているかということは、読んでみなくてはわからない。
 英語ならではのだじゃれや言葉遊びも、日本語で結構楽しめるように訳されているし、あちこちに出てくるこっけいな歌が、調子がよくてとても楽しい。書かれて140年近くたつとは信じられないくらい、新鮮なおもしろさにあふれた物語だ。(2003/1/19)


(27)『ロシアの昔話』
(内田莉莎子編訳、福音館書店、950円)
 長くて寒い冬の夜を、家族で楽しくすごすのに、昔話ほどすてきなものはない。とりわけロシアの昔話は、厳しい冬を生き抜いてきた人たちが、ペチカを囲んで語りついできたものだけに、その多彩なおもしろさは、世界の昔話のうちでもとびきりだ。
 魔法の馬や金の御殿の出てくる不思議でいっぱいの物語があるかと思うと、動物たちがくりひろげるユーモラスなお話や、農民たちのたくましい智恵をしのばせる痛快なお話もある。全部で三十三の昔話は、『おおきなかぶ』などの名訳で知られる訳者が、ていねいに選んで訳したもの。以前は美しい作りのハードカバーで出ていたが、ロシア色豊かなマブリナのカラー挿絵もそのままに、手に取りやすい文庫本になった。(2002/2/2)


(28)『第九軍団のワシ』
(サトクリフ作、猪熊葉子訳、岩波書店、2500円)
 やりがいのある仕事に恵まれ、力強く歩みはじめた折りも折り、思わぬことで挫折し、先の望みを断たれてしまったとしたら……。これは紀元二世紀のローマから、遠い北国のブリテンへやってきて、そこで望みを失った若者の物語だ。その若者が、やがて心の通う友人を見出し、自分の運命を乗り越えるための、大きな冒険に乗り出す。
 サトクリフは青少年むきの歴史物語の第一人者だが、遠い昔の異国の若者たちの人生が、すぐそばで見ているかのようにみずみずしいのには、読み返すたびに驚かされる。主人公がいつしか愛するようになるブリテンの雨や風、草木の匂いまでがあざやかだ。これから自分の人生に立ち向かっていく若者たちの、こよない道連れになりうるだろう。(2002/2/2)

(29)『クマのプーさん』
(ミルン作、石井桃子訳、岩波書店、680円)
 もしプーさんを、ディズニー・アニメのキャラクターとしてしか知らないとしたら、ほんとにもったいない話だ。本物のプーさんは、小さな少年クリストファー・ロビンのぬいぐるみで、プーさんの数々の冒険の物語は、おとうさんが息子に語るお話として、ゆっくりと幕を開ける。
 少年とおもちゃたちは、のどかな森に住み、訪問しあったり、とんちんかんな会話をかわしたり、北極へ「てんけん」にのりだしたりする。なかでも人気もののプーさんは、愉快な歌を作るのが得意で、ちょっと間抜けだが、それでも「世界第一のクマ」だとクリストファー・ロビンは思っている。せかせかと動くばかりのアニメでは味わえない、おだやかな友だちづきあいの心地よさを味わってほしい。(2002/2/16)


(30)『鬼の橋』
(伊藤遊作、福音館書店、1400円)
 日本の児童文学には、まだ無国籍でない本格ファンタジーは少ないのだが、これは新しい道をひらいた傑作だ。舞台は平安初期の京都で、主人公は実在の人物、小野篁。ただし、物語のなかではまだ十二歳の少年で、事故で妹を死なせた自責の念から、黄泉の世界へ迷いこむ。
 題名の橋は、黄泉の世界の三途の橋であり、現実の世界の賀茂川にかかる橋でもある。その二つの橋を行き来しながら、少年は勇ましいホームレスの少女や、片角をなくして半ば人間化した鬼など、さまざまな者たちに出会い、自分の非力さを思い知らされながらも、少しずつ生きる力を養っていく。骨太な歴史ファンタジーでありながら、現代の少年少女の切実な悩みを受け止めることもできる作品だ。(2002/2/16)

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本棚の宝物 21〜30

山陽新聞 第1・第3日曜日連載

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